小松圭子(こまつ・けいこ)

寄稿:地鶏「土佐ジロー」で地域再興を

(有)はたやま夢楽 小松 圭子

高知の山あいでたくましく育つ「土佐ジロー」

 人口約60人の集落がある。平均年齢は70歳を超え、ずいぶん前から〝限界集落〟の呼び名もある。保育所も、小中学校もなくなって久しい。けれど、「故郷を再興したい」と20年来〝畑山バカ〟であり続け、人が暮らせる畑山にしようと、もがいてきた小松靖一さんがいる。25歳の年の差はあるけれど、私の旦那さんだ。
 我が家は養鶏農家。高知県の地鶏「土佐ジロー」の雄を卵からかえった日に仕入れ、150日かけて育てあげる。そして、夫をはじめとする「さばき職人」がお肉にし、大卸から仲卸、飲食店、個人消費者へと、鶏肉・鶏卵を販売している。約60日で3㎏程度に育てあげる通常の若鶏肉と違い、「鶏を鶏らしく育てる」ことが我が家のこだわり。鶏の原種「赤色野鶏」にもっとも近いとされる「土佐地鶏(天然記念物)」を父に持つ一代種だからこそ、鶏本来の味になるよう、内臓に負担を掛けず、時間を掛けて育てあげる。
 土佐ジローの真紅のモモ肉には、誰もが感動し「ずっと噛んでいたい」と何度も何度も噛みしめる。うまみ成分が凝縮したムネ肉のたたきも逸品。土佐ジローを口にした人は、鶏に持つイメージを根底から覆されるようだ。なによりの特徴は、白子やレバー、トサカの〝刺身〟にある。鮮度だけが大事なわけではなく、健康な鶏だからこそ食べられる。北海道から沖縄まで、時には海外からも、土佐ジロー目当てのお客さんが、我が家が経営する「畑山温泉憩の家」に訪ねてみえる。畑山までの道のりは、誰しも敬遠したがる狭路であり悪路。それでも、昨年度は人口の100倍を上回る約7000人が来訪したほど、我が家の可愛い土佐ジローたちは、多くの人を惹きつけてくれている。

(有)はたやま夢楽
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▲鶏本来のうま味が楽しめる「土佐ジロー」の刺身

遊子から畑山へ

 さて、今回の寄稿となったのは、偶然の出会いから。8月、奥山さんが畑山温泉にお越しの際、会食にみえた安芸の山本美栄さんたちに遊子の山内満子さんのことを引き合いに出されたことに端を発する。
 私の故郷は、愛媛県宇和島市遊子水荷浦。高校・大学時代に、私はこの故郷で暮らすことを夢に描き、もがいていた。人間の生きる根幹である「食」を生み出す「職」が身近にある遊子の暮らしは、私にとっては、金銭に換えがたい至福の場所だった。勉強して都会の大手企業に就職することが何より素晴らしいことだと信じる周囲の大人たちには、呆れられた。けれど、独り段々畑に上り、草をひき、浜辺で釣り糸を垂れた。「うら若い女子が、年寄りのようなことをする」と大人たちから将来を悲観されたが、私自身は楽しかったし、自然の中に身を置くことが心地良かった。そんな気持ちをつづったホームページや寄稿文を通じて知り合った人たちが遊子を訪れてくれるようになり、我が故郷を讃えてくれた。そして、「ここに、もう生きる術は無い」と思っていた大人たちが、再び遊子に活気を取り戻すべく活動を始めてくれた。
 私は愛媛で新聞記者になったが、昨夏、結婚を機に畑山へ移住した。思い続けた故郷とは違う場所を選んだのは、思いを共有できるパートナーの存在が大きく、夫の故郷を私の故郷として考えられるようになったから。自然の恵みも脅威も享受できる畑山の暮らしは、毎日が楽しい。間もなく、この地で子育てができることも嬉しい。今は、交流人口が圧倒的に多いけれど、我が子が成人するころには、住民である老若男女の笑い声が響く里山にしたい。そのためにも、土佐ジローを鶏らしく飼育し、人を惹きつける本物の食材として守り、産業として育ててゆきたい。

四国B級ご当地グルメ連携協議会(四B連)
一般社団法人 四B連企画

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