奥山 忠政(おくやま・ただまさ)
【略歴】
昭和35 年(1960)神戸大学法学部卒業。総合商社員~ホテル総支配人~大学講師を経て久留米大学大学院・前期博士課程に社会人入学(経
済学修士)
東アジア学会・企画委員
アジア麺文化研究会・事務局長
【主な著書・論文】
文化と文明の視角<共著>(1999 東海大学出版会)、ラーメンの文化経済学(2000 芙蓉書房
出版)、都市と農山漁村の新交流<共著>(2002中国経済出版社)、グリーンツーリズムが拓くアジアの未来(2005 JICA・久留米大学)
Email/ okuyama@sunglow.info

四国B級ご当地グルメ論(補論)  

四国B級ご当地グルメ連携協議会 常任顧問 奥山 忠政

「地域おこし」は「幸せおこし」

 本論は、昨年1月21日に愛媛県八幡浜市で開催された「シンポジオン」における基調スピーチに加筆したものである。シンポジオンで筆者は「絆」の意義を強調し、本論にも引き継がれている。あの忌まわしい大震災以後、期せずして国中に「絆」の文字があふれ、年末恒例の清水寺の揮毫にまで登場するにいたった。
 10月14日、愛媛県西予市における「異業種交流会」でのスピーチで筆者は「地域おこしは企業誘致で経済や財政が潤うことでなく、住んでいる人に『ここに住んで幸せ』と思わせることだ」として、「絆」を核とするコミュニティー活性化の意義を説いた。
 その際さまざまなテーマがありうるが、「食」はその最たるものである。「地域の食」を発信しようという機運のうちに連携が生まれ、連帯感が強まり、コミュニティーとの一体感や帰属意識(アイデンティティー)が生まれ、「安心感」と「幸せ感」がもたらされるのである。
 四B連の主催するフェスタが参加に至る「過程」を重視しているのはそのためである。四B連はイベント団体でない。

味覚としてのメッセージ

 過日ある有名ブランドのうどんに興味をもち電話をかけた。「注文お願いします」と言うと、「注文はホームページからにしてください」と言われて取りやめた。商品はパソコンから買うのではない。「人から」買うものだ。そのときメッセージの交換がある。コミュニケーションが商品にとって大切な付加価値であることを忘れてはならない。
 「食」にメッセージをこめ、その「食」からメッセージを感じ取るということが重要である。メッセージのない食はたんなる「モノ」にすぎない。「B級ご当地グルメ」には思い出・懐かしさ・エピソード・作り手のこだわりなどがメッセージとしてこめられ、味覚の要素をなしている。「A級ご当地グルメ」というのがあるとすれば、違いの一つはここにある。
 メッセージの交換から生まれる「交流」はかけがえのないものだ。

「遊びごころ」大いにけっこう

 「我々は自分達の商品に自信を持ち実績を兼ねて各地に出向いているつもりです。それが実績の無い商品と同じように並ばされ同じような評価をいただいているのが納得できません…。遊び半分で参加されているのであれば止めていただきたいです」
 「よしうみ秋のバラとグルメ祭り」の出店者からの匿名の投書である。前半に、ご当地しまなみから出展されたいくつかのメニューを例示して、普段どこで販売しているかを問うている。
 「遊びごころ」は想像力の発露であり創作エネルギーの源泉である。「遊び」はふざけることでない。
 共催者はこの投書にショックを受けたそうだが、報告を受けた筆者は「気にすることはない」と擁護した。
 創作型グルメは当初どこにも売られていない。それをどう発信し定着させていくかみんな懸命になっている。「実績がある」と称するメニューも、初めはどこでも売られていなかったはずだ。
「遊びごころ」大いにけっこうである。 バカ者たちよ、がんばれ!!

 

悪人正機

 「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」(親鸞)
 『歎異抄』のこの一節は難解で、ヘタに解説書をひもどくと、「善人は悪人で、悪人は善人だ」などと、わけのわからぬことになってしまう。
 食による地域おこしに即して、筆者はつぎのように読み解いている。
 「よく知られたご当地グルメをもち、理論や戦略をもちあわせているところは救われて当然である。グルメをもたず、どうしたらいいか途方にくれているところにこそ救いの手をさしのべなければならない」
 B―1グランプリに出場するようなグルメを擁する地域だけが救われるとするエリート主義をわれわれはとらない。(完)

四国B級ご当地グルメ連携協議会(四B連)
一般社団法人 四B連企画

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