弘法大師が伝え、
引き継いできたうどんの味
うどんは、弘法大師が留学していた中国から原料の小麦粉とともに持ち帰ったといわれている。弘法大師は、甥に当たる智泉に唐で習った麺のつくり方を教えた。智泉は、覚えた麺を滝宮に住んでいた両親にふるまったと伝えられる。
うどんの材料は、小麦粉、塩、醤油、煮干しと、どれを取っても瀬戸内海の産物。身近にすぐれた素材があふれているからこそ、美味しいうどんが誕生した。
雨量が少なくても良く育つ小麦を使い、腕によりをかけてうどんをつくる。うどんは香川の生活に欠かせない食べものなのである。
昔の香川では、うどんの麺は家庭でつくるものだった。60歳以上の香川県民は、みんなうどんを打てるという話もある。「うどんが打てないと、嫁にいけない」といわれた時代もあった。
300年前に讃岐うどんが食べられていた証拠が、元禄時代の絵屏風「金比羅祭礼図」に残されている。3軒のうどん屋が忙しく働いている様子が描写されていることからも、香川ではうどんがその頃からよく食べられていたことを示している。
全員がうどん評論家という香川の人々の身体には、うどんDNAが古い時代からつくられているようだ。 |